徒然素心ひとりごと

[徒然]…時間があるときに、[素心]…そのとき感じたことを、[ひとりごと]…感じたままにつぶやく、エッセイときどきコラム風

一見、何のため?…実は真の理由がありました!

電車の定時運行はなんのため? もちろん予定通りに乗客を目的地に送り届けるため。でもその真の目的は…〝安全〟にあるそうです。なぜなら定時運行していれば、衝突や追突事故は絶対に発生しないからです。

発展途上国に日本の鉄道技術が鉄道車両とともに輸出されていますが、現地の鉄道従事者にまず教えることは〝定時運行の大切さ〟を叩き込むことだそうです。ややもすれば時間に寛容(おおらか)な現地の人に、このことを浸透させるのは並大抵のことではないでしょうね。

一方日本では…、「この電車は5分遅れて新宿に到着します。電車が遅れましたことをお詫びします」…なーんてアナウンスを耳にすることもしばしば。ちょっと細かすぎる気もしますが、大都市圏の過密ダイヤでは、〝遅れたことをお詫びする〟こともさることながら、実は〝遅れたことによって乗客の皆様を危険な目に晒したかもしれない〟…という意味が込められているのかもしれません。根底には深―い気持ちが込められていたりして…。

 

工場のルールでよく聞くのが、「5S活動(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)」

工場に限らず他の職場でも家でも〝あたりまえ〟のように思いますが、特に工場=生産現場=で謳われるのはなぜでしょうか?

あるべき場所にあるべき道具があり、導線を確保し、効率よく作業を行うため。でもその真の目的は…やはり〝安全〟でしょう。資材や工具が乱雑に置かれた作業場、清掃や点検などのメンテナンスが行われていない工具や製造機械、これらは想像しただけで危ういし、当人たちはイラつくだろうし、その結果は追って知るべし。

 次は、ご存じハインリッヒの法則

重大事故=1件の後ろには、29件の軽微な事故があり、さらにその後ろには300件のヒヤリハットがある、というもの。つまり、ヒヤリハットを1件でも減らすことができれば、(乱暴な単純計算ですが)重大事故は防げることができる。

これを組織の壁を越えて全社で実践しているのがANA。安心・安全が最も求められる航空業界で、ANAにはヒヤリハット経験を共有するための制度=「ECHO(Experience Can Help Others)…自発的安全報告制度」があるそうです(ANAビジネスソリューション著、ANAの口ぐせより)。

ANAでは部署を超えてヒヤリハット情報を共有することを優先するため、

  • 匿名でいいので、報告してください
  • 報告してくれた人は〝犯人〟じゃない
  • たとえ〝勘違い〟でも〝想定ヒヤリ〟でもOK

という心理的な障壁を排除する風土を大事にしているそうです。

ヒヤリハットで済んだからよかった」…ではなく、ヒヤリハットを次につなげよう」という取り組み。このような小さなことにも光をあて真摯に取り組むからこそ、私たちは安心して飛行機に乗れるのでしょうね。

この取り組みは私たちの身近な職場でも、情報セキュリティの取り組みの一環としても、すぐに実践できそうじゃないですか?

 

ちなみに、「ニヤリホット」というのもありました。

ある介護現場では、たとえば、スタッフが目を離した隙に、車椅子から立ちあがろうとした入居者がいた場合、通常はヒヤリハットとして見守りが強化されるでしょう。しかし、「ニヤリホット」の観点では、「歩こうとがんばっている」と記録します。この記録がケアマネージャーの目にとまり、この入居者のケアプランは、自分で立つこと、歩くことを目指すものへと変更になるそうです。

 

小さな気づきを軽視せず、事故を未然に防ぐことは大切。一方、同じ事象をプラスに受け止めることも大切ですね。

 

最後は、「林成之著、ビジネス勝負脳」から。

林先生が、救命救急センタ部長として赴任したとき、寄せ集め集団を屈指の医療チームに仕上げるために行なった、医師、看護師、検査技師、事務スタッフに対する4つの指示。

    1. 前向きで明るくふるまうこと
    2. 仲間の悪口を言ったり、意地悪をしないこと
    3. コミュニケーションを大切にすること
    4. 「疲れた」「できない」「難しい」など否定的なニュアンスを含む発言をしない

一見、何のために? と思いますが、継続していくうちに結果的にスタッフのモチベーションがアップし、個々の能力ひいてはチームとしての能力を最大限に発揮することができるようになったとの事です。品質の高い診察や処置のおかげで、私たちは安心して受診できるのです。

これも難しいことではない、心がけ次第で今すぐにでも実践できることです。

 

世の中には、一見、なぜ? と感じるルールや慣習などがありますが、その裏には、必ず真理が隠れているような気がします。

そして心がけ次第、考え方次第で、自分自身を変えることができると確信します。

(ま)