徒然素心ひとりごと

[徒然]…時間があるときに、[素心]…そのとき感じたことを、[ひとりごと]…感じたままにつぶやく、エッセイときどきコラム風

父が遺したもの…思いがけない日記にふれて

父が96歳で大往生してから2年と少し。神戸の実家は空き家状態。書斎の机、書棚の蔵書、書の師範として使っていた硯や墨に落款印、定席だった食卓の椅子、リビングボードの食器、クローゼットの洋服、下駄箱の革靴やスニーカ、寝ていたベッド、すべてがいまだにそのまま。

空気を入れ替えるため月に一度は訪れているが、前と変わらない光景のなかにいると、ふとした折に今もなお気配を感じることがある。昨日も、父のパジャマを借りようとチェストから取り出したとき、洗濯してあるにもかかわらず、父の匂いがしたような。実際に香りが残っているとは思えないけど、今もどこかで見ているのだろうか。

それでも三回忌を終えたので、そろそろ遺品整理をしようか…と。そんな折、書斎の机や書棚の引き出しの奥から何冊ものノートがでてきた。なにげなく開いてみると、それは直筆の日記。30年ほど前から始まっていた。日記は毎日欠かさずというわけではなく、なにか出来事があったとき、気が向いたときに書き綴っていたようだ。何気ない日常のことや家族(夫婦、子供、孫)のことから、書のこと、社会情勢まで多岐にわたっている。ときには勤めていた会社のOB会のこと、当時の仕事の思い出(楽しい思い出や苦い思い出…ふとした時に思い出すのだろうか)も。

達筆な字でびっしり書いてある日は、嬉しい出来事があったとき。特に誕生日にみんなでお祝いしてもらった日、夫婦で旅行した日、孫が生まれた日や遊びに来た日、書で昇段した日などの文字は、どことなく丸みを帯びて穏やか。

著名人や専門家が放つ名言に出逢ったときは、新聞や雑誌の切り抜きを添えて、しっかりした文字で感銘を受けた様子を綴っている。

仕事で理不尽なことがあったときは、内なる怒りをあえて楷書で。普段は仕事の愚痴を聞いたことはなかったが、こんなところで鬱憤を爆発させていたとは。

敬愛する人が亡くなったときは、几帳面な父にしては珍しく、乱雑に書きなぐったような細い字で。

また何度も書き直した跡があったり、書き足しがあったり、はては何ページも白紙だったり、いろいろな感情が見え隠れする。

普段は口数が少ない父だったが、ページを捲りながら、このときはどんな思いでノートに向かっていたのだろうかと、その姿を思い浮かべ、肉筆からにじみ出る香りを感じつつ、今あらためて、父という一人の人間臭い内面に触れた気がした。

生真面目で頑固で短気、ザ・昭和の親父だったけど、過保護が過ぎることもあったなぁ…。そして愛情に溢れた人だったんだなぁ。

 

(PS.)

少しづつ整理を始めるにあたって、取っておきたいものや欲しいものはあらかじめ確保したうえで、生まれて初めて出張買取業者に査定を依頼してみたら、「総合査定士」の肩書を持つ若い人がやってきた。

  • 着物…着物はリサイクルをするのではなくリユースなのだそうで、染みがあったり色が変わったりしているものは買取できないと。羽織は時代に合わず買い取ってもらえない。
  • 時計…人気があるもの/ないもので、買い取りできる/できないを決めるらしい。
  • 貴金属…銀相場が上がっているらしい。金は金でも金メッキはダメ。光っている金より、くすんでいる銀の方が価値があった。
  • 切手…記念切手のシートブックやスクラップブックが5冊ほど出てきた。相当価値があるのでは…と期待したものの、市場の需要がないので額面でだって。
  • レコード…100枚くらいあるけど、ほとんど帯がなく1枚=数十円ほどだと。レコード専門店で査定を…と言われたけど、100枚も運ぶことを考えると、まぁいいか…と思ってしまう。
  • 食器…MINTONやWEDGWOOD、九谷焼や有田焼など有名ブランド品でも、数が揃っていないものや箱がないものは買い取ってもらえない。
  • 古美術品…掛け軸、壺、絵画などの古美術品は、骨董品市場に動きがないためほとんどダメ。では私の祖母の頃からある古い置物はというと、単に民芸品の扱いなのだそう。
  • 酒…随分前に海外旅行で買ってきたブランデーが未開封のまま何本か。開封していなくても、ラベルの汚れや、ケースがない場合はダメらしい。

結局、ほとんど買い取ってもらえない模様。相場や価値がわからないので言われるがまま従うしかないし、別に業者に再査定を頼むのも面倒だし…。それにしてもTVやネットでのCMはどこも誇大広告が過ぎないか⁉

(おわり)

 

みちくさ探検隊friend😆2週続けて山ボーイでおじ散歩

自然と歴史とビールをこよなく愛するおじさん達。

久し振りのおじ散歩。真夏になる前に…というわけで、5月30日は高尾山…散歩というより山登りやん。そして6月5日は北鎌倉(散在ガ池~六国見山)…紫陽花の季節にあえて人混みを避けて。

■高尾山

朝8:30に高尾山口駅集合、快晴。この時間から人が多い、さすがミシュラン★★★観光地。今回は琵琶滝コース(6号路)で登るという。高尾山初心者の私に、何回も来ているという奴から、「発汗性のあるシャツに薄手の長袖。伸縮性があるズボン、帽子、靴は履き慣れたもの、かつソールが擦り減っていないものが良いです」と丁寧なアドバイス、ありがたい。

穏やかな小川のせせらぎウグイスの声全身に降り注ぐ新緑のマイナスイオン木漏れ日を渡る心地良い風、歩くほどに気持ちいい。それにしてもこれは散歩ではなく、ちょっとした登山だね…侮れない。トレッキングシューズにしてよかった。とはいえ運動不足の私、頂上まで辿り着けるだろうか😰

トレイルランニングをしている元気な人もいて、道を譲りつつ休憩しながら沢沿いを歩くことおよそ1時間半。岩や木の根に足をとられ滑らないよう気をつけながらここまで来た。目の前には最後の難関、長い魔の階段が。息を切らして上り切った先には…、ご褒美の富士山‼ そしてスカイツリーやランドマークタワーまで見渡せる絶景‼

「高尾山頂599.15M」で記念撮影を…と思いきや、こんなとこまで撮影のための行列が。それでもせっかくなので、おじさん達も列に並んで、お約束の標柱でパチリ。

薬王院に参拝して1号路(表参道)で下山。1号路は舗装されてはいるものの結構な急勾配。ケーブルやリフトを使わず下から登ってくる家族連れやカップルも多いが、メインコースという言葉に騙されてはいけない。この上りは相当キツイだろう。我々は結果的に、上りは6号路、下りは1号路を選択して大正解。

さて下山後のお楽しみ、山菜とろろ蕎麦とビールでカンパーイ🍻。クゥー、これだからやめられない。

翌日はお約束の筋肉痛。大腿筋かと思いきやふくらはぎ。久し振りの筋肉痛は、辛いけどなんか嬉しい。

■散在ガ池~六国見山

この季節は紫陽花が見ごろ。北鎌倉で紫陽花と言えば明月院ブルーがとても美しいんだけど、きっと長蛇の列。そこで今回は人混みを避けて、前から行ってみたかった自然の癒しスポット…散在ガ池からおじ散歩。

公園北口から入ると、ここは人混みどころか人がいない。その分、緑が静か。「せせらぎの小径は」通行止めだったので、道なりに進むとまもなく散在ガ池(別名、鎌倉湖)。それにしても公園管理事務所に置いてあったパンフレットの写真とは随分と印象が違う。さすがプロは上手に撮るなぁ。しかし「のんびり小径」といいながら、北鎌倉とは思えないほど鬱蒼とした森の中。ところどころに自生しているヤマアジサイ(ようやく紫陽花に出逢えた)と鳥のさえずりに励まされながら30分ほどで公園南口。一瞬で普通の住宅街に降臨。別世界同士がこんなにも背中合わせだとは。

公園南口から六国見山に向かって北鎌倉の住宅街を歩いていると、そこだけレンガ道にガス灯が並ぶ昭和レトロのオシャレな一角が。ガス灯には北鎌倉台商店街のパネルが。大勢並んでいるのはパン屋さん…有名なんだそう。その先にはメヒカリを天日干ししている魚屋さん、なんか懐かしい風景。えっ、角打ちあるの? 鮮魚を肴に昼呑みかぁ、何ともそそられる。「寄ってって」って声かけてもらったけど、おじさんたちはここで座るときっと根がはえるし、大声出して営業妨害しても悪いので、迷いに迷った挙句、涙を呑んで(唾も飲んで)六国見山を目指すことに。ん~ザンネン!

高級住宅街を抜けた先、Googleさんが示すのは…いきなり細い獣道⁉ 標識もなくホントにこの道で合ってる? 不安を抱えながらも獣道に分け入ってみる。今ここでクマと遭遇したら一巻の終わり…背丈以上に茂る緑の中を歩いていくと、ようやく人の声。その先に稚児塚が。こんな山奥になぜ稚児? そしてあっけなく六国見山頂上にとうちゃこ。

昔は六国(相模、武蔵、伊豆、上総、下総、安房)が望めたことからこの名が付いたとのこと(文殊の知恵どころか、おじさんたちの頭では六国は出てこなかった)。この日、残念ながら富士山は雲のなか。

辺りはヤマアジサイが満開。丸く大きなボリュームの紫陽花に比べ、自生しているヤマアジサイは小ぶりで控えめな姿が独特な魅力。

六国見山を街中に下りて「高野の切通し」を目指す。標識もなく入口がわからない! ここでもGoogleさん頼み。鎌倉七口もそうなんだけど、「切通し」ってまるで何百年もタイムスリップしたような中世の歴史ロマンを肌で感じられて、どうしようもなく惹かれる場所。

それにしても高級住宅街と背中合わせに湖(溜池だけど)と深い森があり、山があり、切通しまで。不思議な北鎌倉の北。

 

みんな、ありがとう。

新たな出会いと発見と、その先の自分を探して、さぁつぎはどこ行こう?

 

(PS.)

非日常を感じる旅…1つの旅で3回楽しめる。

  • 旅の計画…〝遠足のしおり〟づくり。観光ガイドや地図、時刻表を何度も調べて、行った気分を味わう。ただし決して詰め込み過ぎないように。
  • …はじめて行くところはドキドキとワクワクが交錯。たとえ計画通りいかなくても、それはそれ。おかげで思いがけない出逢いや経験も。
  • 旅の余韻…帰ってからチケットや現地のパンフレット、それと写真を整理し、このような「なんちゃって紀行文」を書きながら旅を振り返っていると、頭は旅路へ、顔は自然と笑顔に。

(おわり)

 

みちくさ探検隊monologue🤔人生を旅して自分らしい宇宙の輝きを… Thank you Chuck❢

心に沁みる不思議な物語。

映画「サンキュー、チャック(原題は The Life of Chuck)」は、観る人によっていろんな解釈ができそうだが、私は、〝人の中には皆、その人だけの宇宙が広がっていて、人生を通して積み上げてきたすべての経験や知識、出逢いや別れが、その宇宙を彩り輝いたものにしている、最期の最期まで〟…という哲学的なメッセージと現実との対比が集約されているように感じた。

では自分はどうだ?と重ね合わせつつ、そんなメッセージに繋がる象徴的なシーンについて綴ってみようと思う。

■第3章:宇宙カレンダー

若い頃に地球カレンダー(46億年の地球の歴史)をみて衝撃を受けたことを思い出した。

地球誕生を1月1日午前0時とすると、地球はほぼ一年かけて大地や生命の仕組みを生み出し育んできた奇跡の存在。人類が登場するのは12月31日の23:37にもかかわらず、最後の1分間で大きな技術革新と社会の変化をもたらし、最後の1秒で人間同士が対立し、傷つけあい、地球を破壊しようとしている。なんと愚かで傲慢なことか…と感じたものだ。

宇宙カレンダー(約138億年におよぶ宇宙の歴史)ではなおさら一瞬!

でも今はこうも感じる。私たちは、瞬きよりも短い一閃のなかに生きている。だからこそ宇宙の長い時間に匹敵するほど人生は輝き尊いものなのだ…と。世界の終わりの謎のCM…「39 Great Years! Thanks Chuck!」は、まさに「ありがとう、自分」「ありがとう、みんな」と。最期に心の底からそう思えたら、なんと幸せなことか。

■第2章:圧巻のダンス

一瞬の人生の中のまさに今この瞬間を生きている喜びが全身に溢れている。圧巻のダンスもさることながら、ストリート・ドラマーや行きずりの女性とともに、通りすがりの見物客をも巻き込み踊り続ける姿は、まさに宇宙にきらめく星の輝きそのもの。映画館で観ていた私もその場所にいるような感覚になり、おもわず身体がリズムを刻んでいた(お隣の席の方、ごめんなさい)。

チャックは踊りながら、ダンスを教えてくれた祖母、一緒に踊ってくれたパートナにも思いを馳せながら、周りの人たちと過ごしたすべての瞬間を、かけがえのない宝物だとしみじみ実感しているに違いない。

■第1章:数学の美しさ

「数学の授業がつまらない」というチャックに祖父が優しくも凛として語る。「宇宙の始まりや人類の誕生、そして音楽もダンスもすべて数学だ」と。

そういえば昔の数学者って、同時に天文学者でもあり哲学者でもある人が多い。それは古代ギリシャの世界観から、「宇宙は物理的な法則にしたがっている、さらにその法則は数学を⽤いて美しく簡潔に記述できる」ということを探求してきたからなのだそう。

「mathematics(数学)」の語源は、ギリシャ語の「μάθημα(マテーマタ)」で「学ぶべきもの」を意味し、算術/音楽/幾何学/天文学の4つの科目で構成されていたらしい。当時のギリシャでは宇宙の根本原理は「ムジカ(ミュージック)」、その調和は「ハルモニア(ハーモニー)」であり、「宇宙は美しい『天球の音楽』に満ちているはずだ」と考えられていたそう。なんてロマンティックな考え方! 

じいちゃんが言った「夜空にはこの世で最も美しい方程式が輝いている」はまさにこのこと。きっとチャックの心にも響いたことだろう。

 

さて、映画の副題…「世界の終わりに明らかにされる愛すべき贈り物(サプライズ)とは?」なにか?

私は、最期の瞬間に「サンキュー、自分」と心から言える素晴らしい人生と温かい思い出ではないかと思う。そのためにも、〝今〟を大切にして精一杯に生きることだと深く感じる。

自分でも青臭いことを…とは思うが、この映画を観終わった素直な感想。そしてたまには青空を見上げ、夜空に輝く星を尊ぶことを忘れないようにしよう。

 

(PS.)

以前読んだ「今日、誰のために生きる?」にも、同じようなメッセージが書かれていた。抜粋すると…、

  • 自分の人生を生きているか?
  • 自分を絶対に置いてきぼりにしてはいけないよ。自分の魂に失礼なことをしてはいけないよ。
  • まず自分を大切にすること。自分が自分の一番のファンでありなさい。
  • 自分の喜びを生きていくとき、人は自然に自分らしくなっていく。
  • 僕の心がここにあったか/その一瞬一瞬を味わい、感じるということが、生きるということ。

(おわり)

 

ホスピタルのホスピタリティについて、語源は同じなんだから…

「思いやり」や「おもてなし」と言った意味を持つホスピタリティって、宿泊業や飲食業、小売業など何も消費者相手の商売に限った話ではないと思う。例えば医師。患者の立場からすると、患者は病気への不安や心理的な負担を抱えているので、医師には正確な診断と治療はもちろんのこと、ちゃんと話を聞いてほしい、不安や負担を理解してほしいといった、目配り・気配り・心配りを期待してしまう。患者としてごくあたりまえの心情だと思う。しかしこれまで出会った医師のなかにはときどき、〝ほとんど患者と目をあわせない=パソコン画面がお友達〟〝自分の担当範囲では問題はないを繰り返す=必要なコミュニケーションができない〟といったタイプの医師がいる。

 

私は10年近く前に潰瘍性大腸炎を発症。この病気の厄介なところは、原因が分からず治療法が確立されていないため、寛解期と活動期を繰り返す国の指定難病。つまり完治の判断ができないのだそう。

当初、大学病院で出会った主治医は温厚なベテラン医師。「薬でコントロールしながら様子をみていこう」という診療方針の元、処方箋と血液検査のため3ヶ月ごとに外来診療を続けることに。毎回、体調(体重、便の回数、腹痛の有無など)のヒアリング、血液検査、ときどき触診、2~3年ごとの大腸内視鏡検査の結果から、丁寧に今の状態についての所見を説明してくれて、食事や生活するうえで注意することをアドバイスしてくれるのがとてもありがたかった。

ちなみに6年ほど前、急激に体調が悪化したときのCRP値は10mg/dLに近い数値。今思えばムチャクチャ異常! 忙しかったこともあり我慢して仕事をしていたのだが、このときばかりは普段温厚な主治医が「今すぐに入院しなさい」と。これから大事な仕事の予定があるといっても、今までにない強い口調で「それでも帰すわけにはいかない」と。確かにトイレの回数は日に10回以上で便器は真っ赤、片頭痛と微熱が続いていた。結局そのまま2週間入院し、大事に至らず事なきを得た。いつ爆発するかわからない爆弾を抱えていながらも、信頼できる主治医が見守ってくれていると思うと、こんなに心強いことはない…と思っていた。

それがこの春突然、担当医がかわった。聞くと、異動になったとのこと(詳しいことは個人情報なので教えられない…と、患者として聞いているのに…)。大学病院なので出世もするだろうし、部署異動もあるのはやむを得ないとは思う。それにしても…、10年近くお世話になっているのに、あっさりしたもんだなぁ。信頼していたし、ちゃんと私の体調を把握してくれていると思っていたので、なおさら悲しくもあり、腹立たしくもあり。

しかしそれより問題は新たな担当医。随分、若そうにみえる。

  • しかもこの医師、
    • 初対面にもかかわらず、自己紹介どころか挨拶ができない人だった。こちらが「おはようございます」と言っているにもかかわらず、パソコンに向かったまま手だけで「どうぞ」と。診察室を出るときも、「お世話さまでした」と言っているのに振り向きもしない。
    • さらに、診察中9割以上パソコンに向かって質問している。あなたはいったい誰と会話しているんですか? 今は寛解状態だからって手っ取り早く片付けようとしているかのようなんですけど…。

人の第一印象って重要、暫くこの印象を引きずりながら通院することになるのかぁ。医師って頭はいいのかもしれないけど、なんか勘違いしているような人が時々いるんだよなぁ。そもそも挨拶すらできないのは人としてどうか‼ ストレスには要注意という医者が、患者にストレスを与えてどうする⁉

とはいえ直接医師に訴えると診療に影響しそうで…困ったもんだ。

ホスピタリティ(Hospitality)ホスピタル(Hospital)…以前から似ているなとは思っていたが、調べたらどちらもラテン語で「客人を保護する」という意味を持つ「hospes」が語源らしいじゃないか。なおさら原点を忘れないでほしいと切に願う。

書いて少しはスッキリしたけど、3ヶ月経ったらまた…と思うと気が重い!

とにかく病気を診るのではなく、ましてやパソコンを見るのでもなく、ちゃんと患者を診てほしい

 

(PS.)

医学が進歩するにつれ、どんどん専門分野が枝分かれしていく。

内科は総合内科をはじめ、循環器内科、呼吸器内科、消化器内科、脳神経内科など10分野以上。外科も一般外科をはじめ、消化器外科、脳神経外科、心臓血管外科、呼吸器外科、口腔外科、形成外科、整形外科など、こちらも20分野ちかく。その分知識や技術は、より専門化・高度化していくのだろうが、反面、冷たい専門バカが増えることにならなければいいが…。そして親身な医師不足に拍車がかからなければいいが…。

(おわり)

 

 

墨と戯れ🖌️ 春夏秋冬…季節の節目のおまじない

遡ること3か月前、旧暦で1年の始まりであり、春が始まる立春。そんな節目の日に玄関に飾ると良いといわれているのが[立春大吉]のお札。知らなかったんだけど、1年間の厄除けと招福を願う縁起の良いおまじないなんだそう。というわけで、墨と戯れて、今年の立春(2月4日)に玄関扉の右上(外から見て右上→だから室内からだと左上)に貼ってみた。玄関扉を開けるたびに、悪い気を外へ出し、幸福を家の中に招き入れているような…。そして〝穏やかに過ごせますように〟との願いを込めて。

さて5月5日は立夏。季節が巡るのは本当にはやい。立夏には一般に知られるお札やおまじないはないみたいだけど、季節の節目なのでオリジナルのおまじないを考えて墨と戯れることにした。まずは立夏にあわせる熟語をどうするか。[立夏大吉]でもいいけれど、あまりに芸がない。[立夏華丸]はおちゃらけて面白いけど…、意味不明、神様に叱られそう。ときに初夏のこの季節は新緑や青葉が美しく、木立を渡る爽やかな風が心地よい。新緑の間を通る快い風…「薫風」。しかも調べたら夏の季語。[立夏薫風]、これでいこう!

お香を焚いて、墨の香りに包まれて、墨と戯れている時間は心落ち着くひととき。

それにしても…。この字がうまく書けたと思えば、別の字が気に入らない。うまく書けたと思って俯瞰してみると、字のバランスが悪かったり、ちんまりしていたり、曲がっていたり。一文字一筆で勢い良く書こうとすると、最初の打ち込みが滲むわ、逆に墨を加減すると最後はかすれて息切れならぬ墨切れするわ…。

書というのはホントにままならなくてもどかしい! でも短気の私にしては不思議とイライラしない!

 

(PS.)

「立春大吉」「立夏薫風」ときたら、立秋(8月7日)や立冬(11月7日)も考えたい。

秋といえば紅葉…「錦秋」なんてきれいな言葉があるけど、「立秋錦秋」は「秋」が被るし、語呂がイマイチ。秋は実りの季節でもあるので、五穀がたわわに実ることを表す「豊稔」は?それとも実るが転じて何かを成し遂げた成果…「成就」はどうだ?

[立秋豊稔][立秋成就]…語呂は[立秋成就]のほうが据わりがいい気がする。

そして冬といえばダイヤモンドダストが美しい。別名「天使のささやき」っていうんだって。誰が言ったか知らないけれど、なんとロマンチックで情緒ある温和な表現なのだろう! そんな天使たちに会ってみたい。ダイヤモンドダストの和名は「細氷」というらしい。「立冬細氷」では語呂が悪いので、[立冬氷華]はどうだろう? さらにダイヤモンドダストに近いイメージでいえば…、晴れた空から風に乗って雪がちらちらと舞う現象なんていったっけ?…「風花」。どちらも白銀の世界で晴天に輝く白い華/花。大好きな小芝風花ちゃんだけど、「風」の字は立夏で使ったので、今のところ[立冬氷華]かな。

日本には美しい言葉がたくさんあるね。まぁまだ先なので、秋冬はもう少し考える時間を楽しむとしよう。

(おわり)

 

いまふたたびキース・ジャレットの世界に…感動のケルン・コンサートとともに

感動で心が震え、魂が揺さぶられた50年前。今なお色あせない「ケルン・コンサート」。タイトルに惹かれて劇場へ…「1975年のケルン・コンサート」。あの名曲が誕生した裏に、こんなムチャクチャなエピソードが隠されていたとは‼  広いステージにひとりぽっちのソロ・コンサート…、半端ない緊張感…、ましてや即興演奏には並外れた集中力が求められることは容易に察しがつく。実際、別のいくつかのコンサートでは、観客の咳、電話の着信音、シャッター音に集中力が削がれ、演奏を中断したという逸話もあるくらい。

しかし伝説のケルン・コンサートでは、睡眠不足や腰痛、壊れかけのピアノなど、これ以上ないような劣悪な状況だったにもかかわらず、それが逆に極限の集中状態を生み、奇跡的な即興演奏を紡ぎ出したという。逆境が重なるほどに集中力が高まるなんてことあるのだろうか? でも確かにあったんだねぇ、50年前に。

それにしても疑問なのは…、この頃のキース・ジャレットは既にジャズバンドやピアノのソロ演奏で名声を確立しつつあったにもかかわらず、

  • なぜスイスのローザンヌからドイツのケルンまで、700キロ以上も車で移動したのか? 神経質で仮眠が苦手、しかも腰痛を抱えていたにもかかわらず?
  • なぜ興行主が手配した航空券を払い戻してまで節約する必要があったのか?
  • なぜケルンのオペラハウスに用意されていたのは壊れたピアノだったのか?

この謎を解く手掛かりを探るため、彼の演奏家としての背景や歴史、どのようにして唯一無二の演奏スタイルを確立したかを知りたくなり、いろんな資料をあたってみた。そういえばキース・ジャレットの演奏はたくさん聴いたのに、彼自身のことはあまりよく知らなかったなぁ。

 

まずYouTubeにこんな動画が。

「How a total disaster became the world’s best-selling piano album」

http:// https://www.youtube.com/watch?v=wIXMkZAcgRo

 

BBCのラジオ放送(2011年)も見つけた。「Keith Jarrett in Cologne」

BBC World Service - Witness History, Keith Jarrett in Cologne

コンサートのプロモーターだった当時17歳のヴェラ・ブランデスが、生の声で当時を振り返っているのが興味深い。番組の中でBBCは、「彼が最初の音を奏でた瞬間、誰もが魔法にかかったようだった。最初の音を聞いた瞬間、誰もが完全に魅了された」と語っている。その魔法は、私も含めて今も世界中を魅了している。

 

さらにキース・ジャレットの音楽活動を描いた詳細な評伝、「キース・ジャレット 人と音楽」「キース・ジャレットの真実」も読んでみた。

印象的だったのは、「インプロビゼーション(即興演奏のことかな)は、単に知性の上面からくるものではなく、意識した状態でずっと深く何かを探し出すことであり、ゼロからあらゆるもの…リズム、テーマ、ストラクチャー、ハーモニック・シークエンス、テクスチャーといったものを創造する企てなのだ」…と。天才の感覚は凡人の私には理解できないけど、キース・ジャレットの体の中には自然の息吹や生命の気配がイマジネーションとして常に蓄積されていて、それが演奏を始めた瞬間、指先から一気に放出されているかのよう。激しくというより、繊細で感受性豊かに…と言った味わいで。もしかしたら、彼の頭の中には事前にメロディがあるわけではなく、イマジネーションが指先…いや身体全体からひっきりなしに溢れ続けているのではないか。頭で考えるより先に、指が、身体が自然に動いている…、すべては彼自身の内から生まれたものとして。

ちなみに神童モーツァルトの場合の即興は、完成された曲がすでに彼の頭の中にあって、それをピアノや楽譜で具体化している印象。キース・ジャレットとは明らかに異なるように感じる。どちらも天才であることには変わりないが…。

 

さて、番組を聞いても書籍を読んでも先の疑問の答えは見つからないのだけど、総合的に推測すると、

  • 貧乏旅行の理由は、実際にお金がなかったから。演奏会を行わないと収入もなく、厳しい日程を余儀なくされた。とはいえ決してお金目的ではなく、実直に音楽を追求する姿勢は疑いようがない。そうでないと「ザ・ケルン・コンサート」のような奇跡はおきない。
  • 壊れたピアノの理由は、プロモーターの手配ミスにオペラハウス側の伝達ミスが重なったから。しかし不完全なピアノゆえの名演奏が生まれたのだ…信じられないけど。

実はキース・ジャレットを知れば知るほど、先の疑問の直接の答えなんてどうでもよくなった。重要なのは逆境にあっても(むしろ逆境であればあるほど)、彼の音楽の本質が研ぎ澄まされていくということ。

そして、「ケルン・コンサートのトランスクリプション(即興演奏を楽譜に書き起こすこと…でいいのかな)がないのはなぜか? 聴く人の心をとらえた音楽の本質は決して譜面に表れるものではなく、譜面を見たとしても、その本質が人々の心に留まるものではない」と彼は言う。とにかく実際の演奏を聴いて感じることが、彼が最も望んでいることなのだろう。

 

劇場は私と同年代と思われる人たちで満席。きっと50年前に、お互いのことは知らないけれど感動を分かちあった面々。映画の中でキース・ジャレットがついに演奏を始める場面、誰もがあの美しいメロディを期待したはず。しかし…。だからその分、今夜は部屋の灯りを消して、ゆっくりと彼の演奏に浸ることにしよう。昔買ったレコードは残してあるけどプレーヤーがないのが残念…、だからCDで。

(おわり)

 

みちくさ探検隊solo😜むかし辿った奈良みちを懐かしみながら、そして墨と戯れ

なぜこんなにも奈良に惹かれるのだろう? 奈良公園周辺以外は比較的人が少なく、歴史ロマンあふれる神聖な雰囲気と豊かな自然が、静寂と癒しを演出しているからだろうか。京都や鎌倉とは一味違う落ち着きを感じる。当時を思い出しながら、むかし辿った道を訪れた。

■ 春日大社

桜の季節にはまだまだの風が冷たい今年3月、引き寄せられるように春日大社へ。本堂へと続く幻想的で長い参道、たくさんの灯籠が並ぶ神聖な雰囲気に包まれながら鹿(神様の使い)と触れ合っているうちに、自然と穏やかで優しい気持ちになってくる。何度歩いても…。ここは心安らぐパワースポット。

ところでこの記事を書くにあたって、今回と約10年前に撮った写真を見てビックリ(上半分が2026年、下半分が2017年)。10年近く前にどこで写真を撮ったかなんて覚えてないし、気にもしなかったのに、期せずして同じ場所で撮っていた。タイムスリップしたような、シンクロニシティ(ちょっと違うか…)のような、なんとも不思議な気分。感性って年齢とともに成熟していくような気がするけど、私の場合はどうなんだろう?

夫婦大國社で夫婦円満・家内安全を祈願。

ちなみに訪れた日はちょうどお水取りの期間。15時頃だというのに二月堂方面はすごい人。今からお松明が始まる19時まで、みなさんは肌寒い中じっと待つのだろうか。それはそれで一種の修行みたい。

■ 柳生街道・滝坂の道

大学生の頃に踏破した柳生街道。春日大社参拝のあと、滝坂の道へ。およそ50年ぶりのノスタルジック巡礼。民家を過ぎて上り道をしばらく進んでいくと…、おお石畳は健在。しみじみと踏みしめながら、昔もここ歩いたんだよなぁ…。人影はまったくないし、うす暗くなってきたので、朝日観音で折り返し。渓流沿いにある大きな三尊仏の磨崖仏が、昔の姿のまま目の前に現れたときは、当時と同じように感激、おもわず合掌。

学生のときは柳生街道(滝坂の道、剣豪の道)をほぼ1日かけて柳生の里まで歩き通した。石仏を拝みながら峠を越え、茶畑や里山を歩くのが楽しかった。途中、昔ながらの峠の茶屋でいただいた草餅と山菜うどんが体中に染みわたる。かつて柳生街道を往来した人々を思い、茶屋の方と言葉を交わし、同じようにここで休憩していることが心地良く嬉しかった。柳生観光協会で紹介してもらった民宿。柳生一族の流れをくむ(…かもしれない)人たちのもてなしを受けていると思うと、ありがたいやら申し訳ないやら。それにしてもよく歩いたものだ。

■ 山の辺の道

2017年の秋、日本最古の道といわれている山の辺の道へ。ここも大学生のときに歩いた道。こちらはおよそ40年ぶりのノスタルジック巡礼。万葉集や日本書紀の舞台となった社寺、古墳、集落をのんびりと巡る。

石上神宮は、起死回生や健康長寿のパワースポットらしく、ひんやりと澄んだ雰囲気。鶏たちに見送られ山の辺の道へ。お昼どき、当時風情ある長岳寺でいただいた本番の絶品〝にゅうめん〟を楽しみにしていたのだが、しばらくお休みしているとの事…ザ・ン・ネ・ン! しばらく使われていない座敷や土間のかまどがなんとも寂しげ。大和三山(香具山、畝傍山、耳成山)や美しい田園風景を眺めながら、いよいよ日本最古の神社とされる大神神社。万能の開運力を持つパワースポット。本殿はなく、そのご神体は背後にそびえる三輪山そのものだそう。境内は本当に神が宿っているかのように、空気がピンと張っている。一日の疲れが一気に吹き飛んだ。

学生の頃歩いたときはもっと人が多かった気がする。実際、ゆきずり女子三人組とおしゃべりしながら歩いた区間もあったのに。天気が良くなかったせいかもしれないが、行きかう人もほとんどなく、なんだか切なくなった。

■ 長谷寺、室生寺

花の御寺と呼ばれる長谷寺。立派な仁王門をくぐると、長い登廊が本堂へといざなってくれる。本堂の十一面観世音菩薩は、なんと静かで美しく優しいお顔をされていることか、いつまでも拝んでいられる。本堂の前には舞台がせり出していて、ここからの眺めは絶景、空が広い。

その昔、楠の霊木から2体の観音像を造立し、一体は奈良の長谷寺へ。もう一体は海に流され、後に鎌倉の浜に漂着した…と(奈良には海がないけど…?)。ご朱印をいただきながら聞いた話。

室生寺は女人高野、山深い山岳寺院。真っ赤な太鼓橋を渡り境内に入ると、静寂に包まれた森の中には、多くの伽藍が鎮座している。なかでも五重塔はとりわけ優美なオーラを放っている。そこから急な石段を用心深くのぼり、奥の院に歩を進めるにつれ霊験あらたかなエネルギーを感じた。

長谷寺も室生寺も、私にとって特別な存在。

 

(PS.①)

今年3月の西の京。大和西大寺駅から少し歩くだけで、もう古都らしい落ち着いた空気感。まずは菅原道真公とその祖先をまつる菅原天満宮へ。盆梅展の後だったが、名残梅が甘い薫りが漂っている。勉学に励めますように。笑う狛犬が鎮座する蓬莱神社、そして垂仁天皇陵を眺めながら、世界遺産の唐招提寺薬師寺へ。どちらも広~い敷地に、大きな建物が点在、のんびりと心穏やかな気持ちになる。

唐招提寺では、金堂に並ぶ巨大な三尊像(本尊の盧舎那仏、右に薬師如来、左に千手観音菩薩)に圧倒される。ここにしかないというお香・鑑真香を購入。今まさにお香をたきながらこれを書いている。古都を感じる濃厚な香り、あぁ、唐招提寺だわ。

薬師寺では、漆黒なお姿の薬師三尊像(本尊の薬師如来を中心に、右に日光菩薩、左に月光菩薩)は神秘的。無病息災、健康長寿のご利益はいただけただろうか。東塔と西塔をつなぐ回廊が美しい。

 

(PS.②

平城宮跡を横切る近鉄線。通るたびに思うけど、世界遺産を分断しているけど大丈夫なのか? 車窓から壮大な景色を望めるのは嬉しいけど…。

 

(PS.③)

いただいたご朱印をお手本に〝墨と戯れ〟。左が奈良の長谷寺、右が鎌倉の長谷寺。奈良は「大悲閣」、鎌倉は「大悲殿」なんだね。なかなか思うようには書けないけれど、何枚も書いているうちに、なんとなくご朱印の書き手になった気分。

(おわり)