父が96歳で大往生してから2年と少し。神戸の実家は空き家状態。書斎の机、書棚の蔵書、書の師範として使っていた硯や墨に落款印、定席だった食卓の椅子、リビングボードの食器、クローゼットの洋服、下駄箱の革靴やスニーカ、寝ていたベッド、すべてがいまだにそのまま。
空気を入れ替えるため月に一度は訪れているが、前と変わらない光景のなかにいると、ふとした折に今もなお気配を感じることがある。昨日も、父のパジャマを借りようとチェストから取り出したとき、洗濯してあるにもかかわらず、父の匂いがしたような。実際に香りが残っているとは思えないけど、今もどこかで見ているのだろうか。
それでも三回忌を終えたので、そろそろ遺品整理をしようか…と。そんな折、書斎の机や書棚の引き出しの奥から何冊ものノートがでてきた。なにげなく開いてみると、それは直筆の日記。30年ほど前から始まっていた。日記は毎日欠かさずというわけではなく、なにか出来事があったとき、気が向いたときに書き綴っていたようだ。何気ない日常のことや家族(夫婦、子供、孫)のことから、書のこと、社会情勢まで多岐にわたっている。ときには勤めていた会社のOB会のこと、当時の仕事の思い出(楽しい思い出や苦い思い出…ふとした時に思い出すのだろうか)も。

達筆な字でびっしり書いてある日は、嬉しい出来事があったとき。特に誕生日にみんなでお祝いしてもらった日、夫婦で旅行した日、孫が生まれた日や遊びに来た日、書で昇段した日などの文字は、どことなく丸みを帯びて穏やか。
著名人や専門家が放つ名言に出逢ったときは、新聞や雑誌の切り抜きを添えて、しっかりした文字で感銘を受けた様子を綴っている。
仕事で理不尽なことがあったときは、内なる怒りをあえて楷書で。普段は仕事の愚痴を聞いたことはなかったが、こんなところで鬱憤を爆発させていたとは。
敬愛する人が亡くなったときは、几帳面な父にしては珍しく、乱雑に書きなぐったような細い字で。
また何度も書き直した跡があったり、書き足しがあったり、はては何ページも白紙だったり、いろいろな感情が見え隠れする。
普段は口数が少ない父だったが、ページを捲りながら、このときはどんな思いでノートに向かっていたのだろうかと、その姿を思い浮かべ、肉筆からにじみ出る香りを感じつつ、今あらためて、父という一人の人間臭い内面に触れた気がした。
生真面目で頑固で短気、ザ・昭和の親父だったけど、過保護が過ぎることもあったなぁ…。そして愛情に溢れた人だったんだなぁ。
(PS.)
少しづつ整理を始めるにあたって、取っておきたいものや欲しいものはあらかじめ確保したうえで、生まれて初めて出張買取業者に査定を依頼してみたら、「総合査定士」の肩書を持つ若い人がやってきた。
- 着物…着物はリサイクルをするのではなくリユースなのだそうで、染みがあったり色が変わったりしているものは買取できないと。羽織は時代に合わず買い取ってもらえない。
- 時計…人気があるもの/ないもので、買い取りできる/できないを決めるらしい。
- 貴金属…銀相場が上がっているらしい。金は金でも金メッキはダメ。光っている金より、くすんでいる銀の方が価値があった。
- 切手…記念切手のシートブックやスクラップブックが5冊ほど出てきた。相当価値があるのでは…と期待したものの、市場の需要がないので額面でだって。
- レコード…100枚くらいあるけど、ほとんど帯がなく1枚=数十円ほどだと。レコード専門店で査定を…と言われたけど、100枚も運ぶことを考えると、まぁいいか…と思ってしまう。
- 食器…MINTONやWEDGWOOD、九谷焼や有田焼など有名ブランド品でも、数が揃っていないものや箱がないものは買い取ってもらえない。
- 古美術品…掛け軸、壺、絵画などの古美術品は、骨董品市場に動きがないためほとんどダメ。では私の祖母の頃からある古い置物はというと、単に民芸品の扱いなのだそう。
- 酒…随分前に海外旅行で買ってきたブランデーが未開封のまま何本か。開封していなくても、ラベルの汚れや、ケースがない場合はダメらしい。
結局、ほとんど買い取ってもらえない模様。相場や価値がわからないので言われるがまま従うしかないし、別に業者に再査定を頼むのも面倒だし…。それにしてもTVやネットでのCMはどこも誇大広告が過ぎないか⁉

(おわり)



























